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短い話たち。

第9章 く (BSD/中原中也)



連れてこられたのはショッピングモールの上に併設されたホテルの、最上階のレストランだった。

最上階からの夜景と、次々に運ばれてくる見た目も味も良い料理、そして美味しいワイン。最高の晩餐だ。


「偶にはこういう洒落たデートも良いだろ。」

「うん、最高。幸せ。此処までしてくれるなんて、凄い愛されてるって感じ??」

「は、愛してるに決まってンだろ。」

「…………馬鹿。」


茶化した積もりだったのに、帰ってきたら至極当然のような顔での此の言葉。

不意討ちだ、恥ずかしさの余り悪態しか出なかったけれど、そんなことで誤魔化せる訳もなく、愉しそうににやけてる中也の顔が想像出来て、勢いにワインの最後の一口を煽った。



「却説、と。」

デザートまでしっかりと楽しんで、お腹も酔い具合も丁度良くなった頃。

中也が立ち上がり、にも支度をするように促す。勘定に向かう中也を急いで追いかけて、外套を受け取りながらレジに顔を覗かせた。

「ねえ、本当に私出さなくていいの?」

「今日は手前を甘やかす日だからな。」


そう言いながら手早く勘定を済ませ、心配そうな彼女の腰に中也がするりと手を滑らせ、レストランを出る。

「男が女に服を贈る意味って知ってるか?」


にだけ聞こえるような声で囁き、中也は空いた左手であるカードをちらつかせる。よく見ると其れは此処のホテルのカードキー。

彼が何を云わんとしているのかが判ると、途端に腰に添えられた手の感触が明瞭になってくる。

中也に導かれ、降りるエレベーターに乗った瞬間、彼はの腰にあった手を彼女の後頭部へと滑らせ、唇を寄せる。さっきとは違う、濃厚なキス。

エレベーターの中、勿論そんなに長く出来る訳もなく名残惜しげに唇を離せば、はあ、と彼女から熱い吐息が漏れた。

「………沢山甘やかしてくれるんなら。」


上目がちにそう溢したの瞳に熱が隠ってるのを見出だして、中也はにやりと口角を上げる。

愛する女を自分で贈ったモノで着飾ったら、それを脱がすのも男の特権。

チン、とエレベーターが目的階に着いた音が響き、扉が開いた。

「存分に甘やかしてやるよ。」


そう囁いて、の手を引き、二人はエレベーターを降りて行った。

夜はまだまだ、此れからだ。


Fin.
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