第10章 とお (もののべ/物部正太郎)
鬼書探しに行ったときは相手の鬼と必ず戦闘になるから、生傷は基本的に絶えない。そして、彼は鬼と言えど人間を喰わないので、回復力も他の鬼より低い。今も顔にはガーゼが貼られているし、服の下にはぐるぐると包帯が巻かれているのだ。
最近は、身体も心も休まることはほぼなかったに等しい。
「………仕方ないな、じゃあ今日は正太郎を甘やかす日にするよ。」
顔の横にある正太郎のストレートな黒髪を撫でるように手で鋤いてやる。
そして空いている方の手は、本を持ったままだった彼の手を本から離し、重ね、指を絡める。ぎゅ、と握れば、彼も優しく握り返してくれた。
今日は彼の代わりに晩御飯は私が準備しよう。いつもより少し豪華にして、彼の傷が少しでも早く治るように。それから、お風呂もいれてあげて、上がったらちゃんと包帯を替えてやって、どうせなら同じ布団で寝てあげよう。そうすれば彼が求めてくるかもしれないけど、それならその時はその時で受け入れてやるだけ。鬼になったとしても、彼がそれで少しでも癒されることが出来るのなら、私は喜んで受け入れる。まあ、私も正太郎が好きで、大事だから。
肩に正太郎の温もりを感じつつそんなことを考えていていれば、日が陰り始めたのか、さっきまで差し込んでいた日の光が橙色に変わっていた。
「正太郎、そろそろシロたち帰ってきちゃうよ?」
「………そう、だな。見られると厄介だからな……」
正太郎と私の関係に、シロは目を瞑ってくれている。高遠に友人になろうと言われた正太郎を冷たく一蹴したシロも、私には甘い。理由はよくわからないけど、私はシロに気に入られているから。
正太郎が私の肩から頭を上げ、私と視線を合わす。そして一瞬のうちに私の唇に軽く口付けを落とした。
「有り難うな、」
「……何も、してないよ?」
律儀に礼を述べる正太郎にそう返して軽く微笑んでやれば、彼も弱々しく笑みを浮かべた。
「ただいまー」
「いまー!!!!」
入り口から聞こえた大きな二つの声に、私は立ち上がる。
ガサガサズルズルと袋を引き摺る音が聞こえるから、やっぱりマユに付いて行かせるのは早かったかなと思いながらも、二人を迎えるべく入り口へ向かった。
今日これからの正太郎を甘やかす手順を考えながら。
Fin.