第1章 序章『Special Birthday』
まだ十時前であったが、なにせ彼女が住むこの村は、頭にドが付く程の田舎で、十時にもなればテレビは砂嵐になってしまうし、コンビニなんてものもない。なので、大概はこの時間帯に寝てしまう事が多かった。
家族のいないユウラにとって、この村が我が家のようなものだ。村人はほとんどの者が優しくユウラに接してくれるし、もちろん蓮の事も、今となっては気味悪がったりはしない。
「蓮、おやすみ」
「おう」
そうして何時間が過ぎたろう。時計の針はもうすぐ「十二」を指そうとしている。針がここに到着すると同時に、ユウラは十一歳の誕生日を迎える事になる。
それまであと十秒……九……八…………六…………三…………
「!」
瞬間、今までの眠りがまるで嘘だったのではないかと思えるくらい、ユウラの目がはっきり覚めた。時計を見ると、長針、短針、そして秒針までもが揃って「十二」を指していた。
「な、何……?」
急に息苦しくなり、汗が吹き出てきたので、ユウラは少し外の風に当たろうと布団から出た。
ふと隣を見ると、いつも寝ているはずの蓮の姿がない。
ユウラは胸の中の霧がかかったような感覚を拭い去る事が出来なかった。
「よう」
「あ、蓮。ここにいたの」
「まぁな。それより、ちょっと一緒に来てくれねぇか?」
「なんで?」
「なんでも」
蓮の方から頼みごとをしてくる事など滅多にないので、ユウラはただならぬものを感じ、黙ってついていく事にした。
蓮が苦しそうに顔を歪めている事など、知る由もなく。
たどり着いたのは、ユウラ達の家から百メートル程離れたところにある森の中であった。
ユウラのお気に入りの場所の一つで、よく来ているはずなのに夜遅くだからなのか、妙な違和感を覚えた。
心配そうにユウラは蓮を見たが、彼はただ前を真っ直ぐに見つめ、黙々と羽ばたいている。
「ねぇ、蓮。どこまで行くのよ?」
沈黙に耐えられなくなってユウラがそう尋ねると、蓮が我に返ったようにピタリと動きを止めた。何か考え事をしていたらしい。
「あ、あぁ……もうここでいいだろ」
静寂…風の鳴る音すら聞こえない。まるで時が止まったかのような、そんな静寂である。