第1章 序章『Special Birthday』
その日の目覚めはいつもと比べ物にならない程に、よかった。
いつも自分を起こすのに手を焼く蓮が、驚いて外で雪が降っていないか確認したくらいだ。……夏なのに。
ユウラは失礼だ、と顔を歪めたが、心に引っ掛かる何かの方に気を奪われていた。
「あっつーーーーい……」
「十歳のガキが昼間っからごろごろしてんじゃねぇよ」
グラスの氷は既に原型はなく、水滴と化している。扇風機の風を独り占めしながら、ユウラは布団の上でだらけている。それを呆れた様子で見ているのは、幼馴染であり、たった一人の家族である蓮だ。
ユウラは鬱陶しそうに枕を蓮に投げつけた。
蓮が扇風機の上から落ちるが、扇風機は無事だ。ユウラは自分のコントロール力に我ながら感服する。
「何すっだ!」
「うるさいバカラス!」
蓮は鴉である。美しい漆黒の翼を持ち、普段我々が街で見掛ける鴉よりも倍ほど大きい。
そして他の鴉と何より異なっているのは、彼が人間の言葉を話せる事であった。
ユウラと蓮は、無二の親友であり、家族なのだ。
「今日って何月何日?」
「七月二十三日」
蓮がぶっきらぼうに言う。ユウラは天井を見上げたまま黙ってしまった。
「……あ。明日誕生日だ」
「思い出すの遅くありませんか?」
ユウラは度々誕生日を忘れる。ほかの家の子供のように家族に盛大に祝ってもらった事などないし、豪華なプレゼントもない。だが、蓮がささやかながらも祝ってくれる事で思い出し、また、喜ぶのだった。
ユウラが蓮を大切に思っていて、いなければならない存在としているのは、生まれた時から傍には彼しかいなかったからである。彼がユウラの親と言っても過言でない。
「また一つ歳とるのかぁ」
「ババアかお前」
「…うーん」
「なんだよ?」
「なんっか変な感じ。胸騒ぎって言うのかな、こういうの」
「……」
険しい顔で顎に手を当てるユウラを、蓮はただ黙って見つめていた。
八月も近付こうともなると、外は殺人的な暑さである。ユウラはそれもあってか、まぁ恐らくは面倒であっただけだろうが、とにかく、ずっと家で寝転んでいた。
夜になると多少は涼しくなったが、ユウラは特にやる事も見つからず、さっさと眠ってしまう事にした。