第8章 春への道
上手い人というのは、どうしてこうも歌い出しから空気を変えるような感じを出すことができるんだろう。
期待するのをやめろなんて、どの口が言った?
と思ってしまうくらい、素敵な歌声だった。
しかも、ラブソングはやめてと言ったばかりの人が、こてこてのラブソング。
好きとか愛してるとか離れたくないとか、そういう歌詞が出てくる度に私はどうしようもなく恥ずかしくなった。
恥ずかしさを紛らわすために先輩にマイクを渡したのに、倍にして返されたような形である。
上手い人が歌うラブソングは、ダメージが半端ない。
自分が歌うことを勧めたのだからモニターから視線を外すのは失礼だと思ったので、恥ずかしさにたえながら、私は必死で前を見続けた。
間奏に入ると先輩は、私との距離を詰めてソファに座り直した。
急に近付いた距離と触れ合う肩にドキッとする。
そして、私のことをどうしても爆発させたいらしい先輩は私の耳元で囁く。
「な、この曲さ。俺の気持ちそのまんまだから。」