第5章 IH予選
「そんなに焦ってどうしたんだよ。別に俺、逃げたりしないのに。」
「菅原先輩…」
「俺は辞めないよ。お前たちと春高行くって決めてるから。聞きに来たのってそのことだろ?」
まるで心を読んだかのように先輩は言い当てる。
その言葉に、私は全身の力が抜けていくのを感じた。
「よ、良かった…」
「大地は何か主将の苦悩みたいの抱えて悩んでたからまだなんとも言えないけど…少なくとも俺は残るよ。」
菅原先輩は青く晴れた空を見上げながら続けた。
「いつか高校生活振り返った時に、ここでバレーを辞めたことを後悔するのが1番嫌だからさ。」
「……はい。」
「今しかできないことを、今しか一緒にいられないやつらとする。それが俺の答え。」
今しか一緒にいられない、の部分に反応して私は少し寂しくなる。
そうだ、春高まで引退を引き伸ばしたところでいずれはー…。
「そんな顔、するなよ。」
両肩に手を置かれて顔を上げれば、菅原先輩の笑顔があった。
「菜月が望んでさえくれれば、俺はずっと菜月の側にいるよ?」
私に笑顔が戻らないことを気にして、わざと茶化してくれたのが分かるから、もう、うじうじ考えるのは止めにしよう。
「菅原先輩…いつも本当にありがとうございます。」
「…あ、なんだよ。今の冗談だと思ってんの?本気なんだからな、俺は!」
「へへ、ごめんなさい。」
やっときちんと笑うことができた。
「よし、笑ったな!良かった。」
そう言って、先輩も笑う。
ほら、やっぱり気にしてくれてたんだ。
菅原先輩は誰よりも人の心の機微に敏感な優しい人だから。
そんな人に好意を持ってもらえているということに、私は改めて恐れ多い気持ちになるのだった。