第9章 責任とって従って。*
一旦すべてを忘れて湯船に浸かるとあまりの気持ちよさにいつもの自分では考えられないような声が漏れた。それはまるで4、50代の所謂オジサンような……自分で言うのもなんだが、世間を騒がす女優にまさかこんな気の抜けた一面があるとは。きっと誰も思わないのだろう──そんな自分を見せる気は一切無いが。否、こんな時くらい仕事のことは考えたくないがついつい浮かんでしまうのはもう癖の一種なのだろうか。深く一呼吸をして、今日あったことを思い返してみた。
雪「十四松とまた遊びたいなぁ……」
ドラマでよく見た幼子のような、あんなに純粋な気持ちで遊んだのは久しぶりだった。どれも相応の歳の頃の私には無かったからこそ、沁みたように思う。
そうして思い耽っていると、突如十四松にキスをされたその数々が脳裏に浮かび、途端に恥ずかしくなって顔に湯をぶっかけた。違う、恋だの愛だのわかっていない私がこうなる資格は無い。そう、私は演技のために彼を、彼らからの思いを受け止めているのであって──……
雪「……最低だ、私」
私を匿ってくれている心優しい皆を利用するような考えはよそう。とはいえ、彼らに対する答えを私は今考えられる状況にもないのも事実。堂々巡りになっても仕方がないので、雪は風呂から出ることにした。恥ずかしさを紛らわせるために、勢いに任せて扉を開けて初めて自分がのぼせていることに気がついた。少し手を伸ばせば難なく届くはずのタオルとパジャマの距離感が狂う。あ、ダメだ。
ぐらり、と膝から力が抜けてそのまま横へ身体が傾いてしまった。おぼつかない足取りと揺れる視界に吐き気が襲っていつもの受け身がとれない。まずい──
雪「え、あ……?」
一「ヒヒ、積極的じゃん」
頭部にあたるは陶器の洗面台、固い床とは真逆の柔らかな……布地?ああ、そうかと視界に紫色が映っているのを理解してようやく一松が支えてくれたのだと気づいた。意地の悪そうなことを言っているが彼の呼吸と耳から聴こえる心音が乱れている。
雪「……助かった、濡らしてごめん」
濡れた髪が彼の紫を暗く染めていくのを見て、我に返った雪は彼から離れた。いや別に、と彼は気にしていなさそうだ。
一「別に今から風呂だし……のぼせたの」
雪「ちょっと考えすぎて……おええ」
一「馬鹿じゃないの」
何を言われても言い返せない雪は苦笑いをしてみせた。