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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)




「ならば、今夜はその薬師殿を頼らせて貰おう」
「あー……しかし、その……」
「何か他に問題でもあるのか?」
「……いや、ない」

 いまいち気が進まなさげなギーヴだが、一つため息をつくと馬の横っ腹を軽く小突いて先頭に立つ。

「川沿いを上流に進んだ先の、森の最奥に住んでいる。急ぐぞ。雨もそうだが、あそこに行くには中々骨が折れる。日が落ちれば俺とて森をさ迷いかねん」
「わかった。しかし、殿下はそのご様子では馬を走らせるのは無理だろう。ダリューン……言うまでもないないか」
「当たり前だろう。殿下は俺がお連れする」

 半ば呆れたようなナルサスの視線の先で、ダリューンは既にアルスラーンを抱き上げて自らの馬へ乗せていた。

「エラムは殿下の馬を頼めるか」
「勿論です。ナルサス様」

 目的が定まれば、一行の行動は早い。
 湿った冷たい雨の気配と、雨雲のせいだけではない東から迫る夜の気配。その二つに追いたてられるように、ギーヴを先頭に馬を走らせたのだった。


***


 ――ドンドン。

 玄関の扉が叩かれる音にはっと顔を上げる。
 気づけば、辺りにはすっかり夜の帳が落ちていた。屋根を叩く雨の音に、昼過ぎから分厚い雲が空を覆っていたことを思い出す。

 余程集中していたらしい。
 薬研から手を離して、目頭を揉んだ。

 しかし、一体誰だろう。この家は知らぬ者が容易に辿り着ける場所ではない。まして雨の降りしきる夜になど。
 十中八九、この家に招いたことのある知り合いだ。歩いて半日程の距離にある近隣の村の住人だろうか。もしかして急患でも出たのかもしれない。
 思案している間に、再び叩かれる扉。
 明かりを片手に慌てて玄関へ向かえば、扉の外から話し声がする。来客は複数人いるらしい。
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