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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)




「……あー……その、お前も色々と忙しい身だろう。無理なら断ってくれても」
「我らは馬小屋でも構わない。だが、どうか!この方だけでも世話を頼まれてはくれないか!酷い熱で苦しまれているのだ!」

 普段は問答無用で家にずかずかとあがってくるくせに、何とも言えない表情で口ごもるギーヴを押し退け、少年を抱く男が鬼気迫る表情で詰め寄ってくる。触れずとも、一目で高熱とわかる。その上雨に打たれたせいか、歯の根も合わないように華奢な身体を震わせていた。
 正直、この訳ありそうな謎の集団を大した説明もなしに受け入れろと言われても、手放しで歓迎など出来ない。
 だが、医療に携わる者として、今目の前で苦しんでいる患者を無下に扱うことがあろうか。
 少なくとも、ギーヴが連れてきたということは悪人ではないのだろう。軽薄で怪しいことこの上ない男だが、私に害を為すようなことは決してしない。

「……私に出来るのは医者の真似事のような簡単な処置と薬の処方くらいですが……それでも良ければ」
「かたじけない……!恩に着る、薬師殿」

 少年を抱く男ががばっと勢いよく頭を下げる。
 明らかに戦士らしき大の男に頭を下げられるなど、勿論初めての事。戸惑いはしたが、こんな辺境に住む変わった女にも礼を尽くしてくれるような人だ。素性が知れないとはいえ、自宅に招き入れる事への抵抗は和らぐ。

「いいえ、大したおもてなしもできませんが……。全員中へどうぞ」

 一同はほっとした表情で口々に礼を言い、玄関を潜る。

「ギーヴ、私は患者を診るから、他の方の世話をしてあげて。そのままだと貴方たちも体調を崩すわ。有る物は勝手に使って構わないから……」
「」

 何かを咎めるような声音だった。家の奥へ進もうとしていた足を止めて振り替えれば、苦い顔をしたギーヴと目が合う。

「何?」
「……。いや、何でもない」

 何でもないと言いながら、ギーヴは苛立ちを含む仕草で髪を掻き上げた。
 気にはなったが、ギーヴの言動を悠長に問い質すよりも優先すべきことが他にある。

「とにかく、頼んだわよ」

 話を打ち切り、背中に絡み付くギーヴの視線を振り切るように踵を返す。

「…………」

 少年を客室へ運ぶよう男に声をかける私の背中に注がれていたギーヴの視線の意味など、知るはずもなく。


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