第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)
「はい、どちら様で……」
扉を開けた先、手の中の明かりに照らされて複数の人間がぼんやりと闇の中に浮かんでいた。外套を被っているが、女子供もいるようだ。
しかし、どうも近隣の村の住民という雰囲気でもない。
首を傾げながら視線をさ迷わせると、その中に見知った顔を見つける。
「……え、ギーヴ?」
「あー……久し振り、だな。」
どこか気まずそうな色男の後ろから、驚いたような視線が幾つも私に突き刺さる。いや、驚きたいのは私の方なのだけど。
たじろぐ私を視線から遮るように、後ろから一人の男が出て来た。
「失礼。貴女が薬師殿で間違いないだろうか」
歳は二十代半ば頃だろうか。ギーヴのような華やかさはないが、聡明そうな中々の美丈夫である。
外した外套から溢れた、僅かな明かりを受けて輝く白金の髪に見惚れかけ、慌てて頷く。
「ええ、まぁ……一応。ここで薬師を生業としています、と言います」
「殿、夜分に突然大人数で押し掛けるような真似をして申し訳ない。私はナルサス。貴女と旧知の仲であるギーヴを含め、訳あって旅をしてる」
「え?旅を?ギーヴと?」
ギーヴが誰かと旅をしているなんて初耳だし、そんな素振りすらなかった。そもそも、自由を何より愛し諸国をふらふらしているような男である。とてもじゃないが誰かと連れ添って旅をするようなたまではない。余程の理由があるのか、もしくは女か。そのどちらもか。
思案する私を前に、ナルサスと名乗った男は続ける。
……それにしてもナルサスというこの名、何処かで聞いたことがあるような。
「今夜の宿を探しているのだが、生憎この辺りには村もない。野宿しようにもこの雨だ。出来れば一夜の宿をお借りしたい。それと……」
ナルサスの視線を受けて後ろから出てきた屈強な男が、沈痛な面持ちで誰かを抱えていた。
「この方を、診ては頂けないだろうか」
透き通る白髪の、少女と見紛う綺麗な顔立ちの少年。だが、顔色は芳しいとは言い難く、逞しい腕の中でぐったりと荒い息を繰り返している。