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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)




「だが、これはいよいよ困ったことになったぞ……。殿下を休ませようにも、下手な場所では病状が悪化しかねない。雨ざらしなどもっての他だ」
「宿と医者が必要ですね……。しかし、この辺りには村もありません。例えあったとして、ルシタニアの息がかかっているかどうかもわかりませんし……」
「殿下……。くそっ……どうすれば……」

 八方塞がりで重苦しい沈黙に包まれる中、珍しく難しい顔で口を閉ざしていたギーヴがぽつりと溢す。

「……それに関しては、心当たりがないこともない」
「本当か!?」

 驚きを露にダリューンが詰め寄れば、ギーヴはしっかりと頷き返す。しかし、頷きとは裏腹にその言葉は彼らしくもなく、いまいち歯切れが悪い。

「ここから比較的近い場所に知り合いの医者の家がある。まぁ、正確には医者ではなく薬師だが……似たようなものだろう。稀に近隣の町で診療を行っている、が……。……いや、腕は確かなのだ。あいつの薬はよく効くと評判でな。俺も助けられたことがある。しかし……」
「ギーヴ、その薬師とやらがいまいち信用ならなかったり、少しでも不安要素があるのならそれは却下だ。今の我らは敵に追われる身。いざ頼ってみれば実はルシタニアの息がかかっていて、目が覚めたら敵兵に囲まれていたなんてことは……」
「――そんな事は万が一にも有り得ない。アイツは信用出来る。それは俺が保証しよう」

 少しむっとして言うギーヴの言葉からは相手に対する絶対的な信頼が滲んでいる。その薬師とやらが疑われたのが心外だとばかりの態度だった。
 この飄々と他人を言葉巧みに受け流して世渡りしているような男に、そんな風に思える相手がいたのかと、ナルサスは内心で驚く。

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