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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)




「……」
「殿下?……アルスラーン殿下?」
「……あ……何だ、エラム?」

 何処かぼんやりとしたアルスラーンが、傍に居たエラムに声をかけられてようやく顔を上げた。
 その仕草はどことなくぎこちがない。馬は歩みを止めているのにも関わらず、アルスラーンの銀糸の髪がふわふわと揺れている。

「殿下……?もしや何処かお加減でも……」
「……大丈夫だ、ダリューン。心配いらないよ。少しばかり疲れているだけだ」

 気丈に笑みを浮かべるアルスラーンだが、その顔色はお世辞にもあまり良いとは言えない。

「……殿下。ひとまず馬から降りて、そちらの木陰で休んでいて下さい。我らは急ぎ今夜の寝床を探してきます。それまでしばしご辛抱を」
「何だ、ナルサスまで。本当に心配ない。……でも、そうだな。お前たちが戻ってくるまで、少し……休んで……」

 馬から降りようとするアルスラーンの言葉尻が少しずつ細く掠れていく。明らかに様子がおかしいと思ったその時、アルスラーンの身体がぐらりと傾いた。

「殿下……!?」

 ダリューンが悲鳴のような声を上げた。同時に、先に馬を降りていたエラムが間一髪で馬上から落ちかけたアルスラーンを受け止める。

「殿下!!」

 アルスラーンは虚勢を張る余裕すらないのか、駆け寄ってきたダリューンの呼び掛けにも答えることはない。目蓋を伏せ、ぐったりと力なくエラムに身体を預けていた。

「どう、どう!落ち着け。……エラム、殿下は」

 騎手が落ちて驚く馬を宥めるファランギースが問えば、エラムは顔を強張らせて答える。

「見たところ落馬によるお怪我はありません……が、身体が異常に熱い。酷い熱です」
「何だと!?」

 ダリューンは律儀に「殿下、失礼します」と声をかけ、アルスラーンの汗ばむ額に触れる。
 思わず触れた指先を離してしまいそうになるほど、その肌は熱かった。

「何故こうなるまでご無理を……!」
「お優しい殿下のことだ。ただでさえルシタニアの追っ手に常に気を張っているのに、ご自身の体調などで我らを煩わせたくなかったのだろうな」
「そのようなこと!殿下の御身に何かあってからの方が……いや、殿下の体調の変化に気づけなかった俺の落ち度だ……」

 悔しそうに拳を握り締めるダリューンを尻目に、ナルサスは難しい顔で顎を撫でた。

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