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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第5章 ある雨の夜【前編】(アルスラーン戦記/ギーヴ)




 初陣にして大敗を喫し王都を奪われた大国・パルス国の王子アルスラーンは早急な増兵を求め、万騎長キュワードのいるペシャワール城に向かっていた。無論、ルシタニア兵の追っ手から身を隠しながらである。現在アルスラーンと共に行動する戦士たちは、一人一人が一騎当千を誇る有能な戦士たちではあるが、何せ敵の数が圧倒的過ぎる。その差を少しでも埋めるべく、今はただひそかに東へと移動するしかない。
 ルシタニア兵を避けるため、もどかしい程の速度で馬を走らせること既に十数日。各地に点在するナルサスの隠れ家のうちの一つへ向かう最中、ギーヴと共に殿を努めていたファランギースが、不意に空を見上げた。

「……精霊がざわついておるな。もうじき雨がくるぞ」

 只人には感じることすらできない精霊の声を聞く女神官の言葉通り、昼過ぎまでは抜けるような青色に染まっていた空は、雲の嵩を増し不穏な暗い色が混じりつつある。

「雨か……ナルサス、隠れ家というのはまだなのか」
「残念ながら、あと半日以上はかかる。今晩はこの辺りで野宿の予定だったのだが……まずいな」

 ファランギース、ダリューンと続いて空を仰いだナルサスの表情は、あまり芳しくない。
 雲の量から鑑みるに、恐らく一時的な通り雨ではない。今晩中は降り続くだろう。
 ただでさえ、激しい戦闘とルシタニア兵の追っ手に常に気を張りながらの移動で、全員疲労が色濃いのだ。その状態で雨に打たれれば、体温と体力を奪われて体調を崩す者が出てもおかしくない。

「せめて屋根のある場所で休みたいものじゃな。流石にこれで雨に濡れて眠るのは、ちと堪える」

 物憂げに言うファランギースが外套の下に纏う神官装束は、彼女の豊満な肢体を申し訳程度に覆っているにすぎない。

「ご安心召されよ、ファランギース殿。そうなればこのギーヴが貴女の雨避けとなろう。天から落ちてくる水ごときが、貴女の白磁の肌に触れてその温もりを奪うなど烏滸がましい。降り注ぐ雨など微々たるもの。それにも勝る俺の愛で貴女を包み、蕩ける程甘美な熱を……」
「殿下、エラムと共にここで暫しお待ちを。我らは今夜の寝床を探して参りまする」

 大仰な仕種と歯の浮くような言葉をもってファランギースを口説きにかかったギーヴだが、当の彼女はそれを聞こえないもののように無視してアルスラーンへ声をかける。

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