第4章 ある日の朝(アルスラーン戦記/ギーヴ)
ふと意識が浮上する。
うっすらと目を開けば、見慣れた天井があった。微かな鳥の声に釣られて顔だけ動かせば、僅かに開いた東側の窓からうっすらと明りが漏れている。恐らく夜明け前だろう。
まだ起きるには早い。もう少し惰眠を貪ろうと身動ぎして、身体に巻き付く自分とは異なる体温に気が付く。
見上げた先には、静かな寝息を立てる美丈夫。ギーヴだ。腕の中に抱き込まれるようにして眠っていたらしい。
久々に見た寝顔は案外あどけない。寝乱れた髪をそっと撫でれば、わずかにギーヴの口元が緩んだ。
………もしも、もしもこの寝顔を知っているのが、私だけだったなら。
ふと浮かんできた不毛な考えを掻き消すように、かぶりを振った。
私は所詮、大多数の内の一人でしかない。高望みなどしてはいけない。期待するだけ無駄だ。
この関係を終わらせるのは、実に簡単。要はギーヴがここに訪れなければいいだけの話なのだ。飽きられたら、それでお仕舞い。
情婦とすら言えない。
恋人なんてもっての他。
名前を付けることすらできない、ともすればふつりと切れてしまう細い糸のような関係。
それを手繰り寄せているのは、本当はギーヴじゃない。その頼りない糸の先を想い、すがっているのは、私の方。
ギーヴはきっと知らない。
彼がこの家を訪れなくなることを想像して、眠れぬ夜があることを。
気紛れにふらりと姿を現す度に、まだ飽きられていなかったと、泣きたくなるほどの安堵を覚えていることを。
知られなくて良い。
知られてはいけない。
私はただ、ギーヴが訪れた時にともすれば泣き出してしまいそうな本心を隠して、「また面倒なのが来た」という顔で、呆れながらギーヴを家に招き入れてやればいい。
それが、想うことすら不毛な男を愛してしまった馬鹿な女の、唯一のプライド。
窓から薄く射し込んできた光が、ギーヴの髪を柔らかく染めた。
もうじき、夜が明ける。
新しい朝は、すぐそこだ。