第4章 ある日の朝(アルスラーン戦記/ギーヴ)
そもそも、ギーヴとは出会いすらろくなもんじゃなかった。
数年程前だったか。森の中で虫の息になっていたギーヴを見付けたのがきっかけだった。
のらりくらりと世渡りに慣れたこの男が、虫の息になっていた理由というのがこれまた酷い。戯れに手を出した無垢な美少女が実は洒落にならない身分の姫君で、激怒した父親の私兵に追われ、なんとか撒いたものの、気の緩みで崖から転落したのだ。
完全に自業自得。寧ろそのまま息絶えていた方が世の女性のためだったのでは、と考えても仕方ない程に間抜けな話だが、当時の私がそんなこと知るはずもなく。
あちこち重傷なギーヴを見兼ねて、思わず手を差し伸べてしまった。
怪我が完治するまで面倒を見ていた数ヵ月、流石のギーヴも命を救った私に恩を感じていたのか殊勝に振る舞っていた。
しかし、怪我の完治と旅の再開許可を告げたその夜、数ヵ月の禁欲生活に限界が来て見境を無くしたのか、私を押し倒したのである。荒事も色事も経験皆無だった私には抗う術もなく、ギーヴにペロリと食われてしまった。
そしてあろうことか、諸々の許容範囲を越して呆然とする私に別れの挨拶すら告げることなく、ギーヴは去っていったのだ。
それ以降、ギーヴは時折ふらりと私の前に現れては、私の仕事を手伝ってみたり、庭の木陰で琵琶を弾いていてみたり、適当に甘い言葉を垂れ流しては私の寝台に潜りこんでみたりと気ままに数日を過ごし、そしてまたふらりと居なくなる。
ギーヴが何を思って繰り返し私の元を訪れるのかは知らないが、どうせ床の世話までしてくれる宿代わりといった所だろう。恐らく、私のような相手が各地にいるに違いない。極稀にしか訪れない辺り、情婦とすら言えない希薄な相手だ。
ともかく、そんなろくでもない関係がずるずると続いて現在までに至る。
恩を仇で返すような真似をしておいて、抜け抜けと私の元へ訪れては寝台へ潜り込むギーヴもギーヴだが、それを許容している私も私だ。いや、割り切っているギーヴよりも大馬鹿者かもしれない。
女が男の勝手を許す理由なんて、大抵下らないものでしかないのだから。