• テキストサイズ

【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第4章 ある日の朝(アルスラーン戦記/ギーヴ)




「ふむ、流石に汚れた格好で上がるのも忍びないな。井戸を借りるぞ」
「……お気遣いどうも」

 既に上がってるじゃないという言葉は飲み込んで、昨日洗濯したばかりの拭布を投げる。
 床に置かれたこじんまりとした荷物は、旅のお供をしてきただけあって埃っぽい。その中に入っている少ない着替えもきっと同様の有り様であろう。

「ギーヴ、着替えは?」
「必要ない。どうせ脱ぐのだから」
「は……?」

 意味を図りかねる私に、ギーヴはやたらと熱っぽい流し目を向ける。

「愛し合う男と女の間に、服など無粋だろう」
「ばっ……!!」

 罵倒が飛ぶ直前に、ギーヴは飄々と拭布を片手に外へ出ていく。
 残されたのは、顔を茹で上がらせて憤りの捌け口を見失った間抜けな女が一人。

「うぅぅぅ……」

 無意味な呻きを漏らし、ずるずると床に腰を落とす。
 ……ギーヴの着替えは、なんとしてでも用意しておこう。確か以前に置いていったものが何処かにあったはず。

「……箪笥の奥だったかしら」

 顔の熱を逃がすように、のろのろと立ち上がって顔に落ちた髪を掻き上げた。

『愛し合う男と女』

 甘ったるい響きだ。陳腐で、ありふれていて、けれど誰もが甘受できる幸せの象徴のような。
 それを頭の中で反芻する度に、顔の熱と共に心の熱まで奪われるようだった。

「……何が愛し合う男と女よ」




「愛してなんて、いないくせに」


/ 35ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp