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【短編集】シュガーを一匙、ミルクはお好み

第4章 ある日の朝(アルスラーン戦記/ギーヴ)





 皮肉を籠めたひきつる笑顔は、理解の上で敢えて好意的に解釈することにしたらしい。
 「そうか、そうか!しばらく逢えぬ愛しい男の一挙手一投足まで忘れられぬほどに俺が恋しかったか」などとほざいて腰に伸びてくる不埒な指を容赦なく叩き落した。

「はぁぁぁぁ……」

 早朝からの労働だけではない疲れを感じながら、深く長いため息を垂れ流して歩き出す。

 後ろから馬を引いて鼻歌混じりにちゃっかりついて来るこの男、名をギーヴと言う。
 旅の楽士で琵琶を片手に諸国をふらふらと気ままに渡り歩いている、らしい。本人の口から聞いただけなので本当かどうかは定かでない。
 無論、自らを楽士と名乗るだけあって唄も楽器も舞も、芸事には無知な私でも素直に感動できる程に素晴らしいのだが。
 この男、ただの楽士にしては弓も剣も、腕が立ちすぎる。あと単純に軽薄すぎる態度と口と、何より雰囲気が胡散臭い。

 まぁ、実際ギーヴが本当にただの楽士だろうと、実は亡国の王子だろうと、はたまたやんごとなきお方の忠実なる臣下だろうと、俗世間を離れて森の奥深くに引き込もる薬師でしかない私には、特に関係のないことなのだけれど。

 とりとめもないことを考えながら道なき道を歩いていると、背丈の高い野草に隠されるようにひっそりと建つ、木造の平屋にたどり着く。民家と言うには少々大きいものの、屋敷と言えるほどの広さも絢爛さもない。何処か異国を思わせる、周辺諸国でもあまり見ない造りの平屋……私の自宅兼仕事場である我が家だ。

 ギーヴは私の愛馬が生活する馬屋に自らが連れてきた馬を繋ぐと、勝手知ったる他人の家とばかりに私より先に家の中へ上がり込み、居間の床にどかっと荷物を降ろす。


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