第4章 ある日の朝(アルスラーン戦記/ギーヴ)
樹齢100年を越えるであろう大樹の根本に、それはあった。
花のように幾重にも肉厚の葉が重なった、小さな多肉植物。周囲を傷付けないよう、その中心の柔らかい新芽のみをそっと摘み取る。
まだ葉として育ちきっていない淡い黄緑のそれは、つるりとしていて朝露を被って艶めいていた。
知識のないものからすればただの森に群生する植物の1つでしかないが、知識を有するものにとって、それは磨り潰してその他の数種の薬草と練って乾燥させ粉末状にすれば、強い疼痛を和らげる希少な薬となる。
摘み取ってはその1つ1つを柔らかい布に包んで、篭の中に丁寧に仕舞う。
ひとまず、これだけあれば十分だろう。
新芽は特に効能の強い良質な薬となるが、少しでも傷がつけばそこからすぐに腐敗してしまう。細心の注意を払っての採取は中々に神経を使った。額に滲んだ汗を拭おうと、腕を上げる。
しかし、汗を拭うために上げたその腕は、額に触れる前に動きを止める。
否、後ろから伸びてきた男の腕に掴まれたことによって、制止を余儀なくされたのだ。
「雛鳥も夢現を微睡む早朝に、深き森の最奥で朝霧をヴェールのように薄く纏い、黄金の陽射しを一身に受けるその姿、まさにこの世に受肉した女神の如く……」
「そのお花畑な恥ずかしい詩を、よくもまぁ希代の名作のように朗読できるものね」
背筋がむず痒くなるような意味不明な詩と、芝居がかった甘く掠れた声。世の女性はこうして囁かれれば、このどこの馬の骨とも知れぬ顔だけが取り柄の男にころっと一夜身を委ねてしまうというのだから私には理解しかねる。したいとも思わない。
背後から気配なく忍び寄り人の腕を掴んで引き寄せる、などという無礼千万な不逞の輩を腕を問答無用で振り払う。ついでにじろりと一瞥すれば、男はやけに様になる仕種で肩を竦めた。
「相変わらずつれない。しかし、それも魅力の一つと思えば。……久しいな、」
「貴方も相変わらずのようで、ギーヴ」