第4章 片羽のワケ
ようやく赤ん坊のことが頭から消えかけた時だった。
天空界が暇だったんで人間界に降り立った。
誰にも見えないのをいいことに、道のど真ん中を歩いてやった。
すると突然、腕を掴まれた。
びっくりして目をやると、そこには一人の男が立っていた。
「前に、会ったことがありませんか?」
息の上がっている男。
その様子から、私を追ってきたのだとわかった。
「ハッキリとは覚えてないんですけど、あなたによく似た雰囲気の人が、赤ん坊の頃、遊んでくれていたような気がするんです…」
まっすぐ私を見据える瞳。
私のことが見えるのか。言いかけてハッとした。
前にも一度、私が見える人間とあったことを思い出した。
心なしか、目元が、あの頃と変わらない気がした。
涙があふれた。
男は急に泣きだした私を見てうろたえていたけど、でも、嬉しかった。
もう会えないと思っていたから、諦めていたから、こうして会えたことが嬉しかった。
それからその男、九条(くじょう)とはよく会うようになった。
九条は私が天使だと知っても驚かなかった。
羽が綺麗だと、言ってくれた。
お前にむしられたことがあると言ったら、覚えていないだろうに真っ青な顔で謝ってきた。
幸せだった。
九条といると心の中が満たされた。
人間界で、一緒に出かけるときは、私が人間に姿を変えていた。
二人で色んな所に行った。
九条の通う"ダイガク"と言う所も行った。
背の高い、ヘンテコな建物だった。
そんなある日、九条が私を好きだと言った。
私も、九条が好きだった。
でも私は天使だ。人間じゃない。
九条は人間だ。天使じゃない。
どう考えても、結ばれてはいけなかった。
だから罰が当たったのだ。
それは突然だった。
ドンッという音がして、隣りを歩いていたはずの九条は道路に投げ出された。
そして九条は…
車にはねられた。
一面真っ赤だった。今でも鮮明に覚えている。
私と九条の罪の色。
九条を突き飛ばしたのは、九条に好意を抱いている女だった。
女は九条が車に引かれたのを確認すると、自らの喉元を刃物で引き裂いた。