第4章 片羽のワケ
あの人と出会ったのは覚えていないくらい昔。
あの人がまだ赤ん坊だった頃、私はたまたま人間界に降りていた。
誰にも見えないのをいいことに、道のど真ん中を歩いたり、人の家の縁側に座ってくつろいだりしていた。
疲れて、縁側に少し横になってたらいつの間にか寝ちゃってた。
そして起こされた。起こされるはずもないのに。
背中に痛みがあったから不思議だった。
見ると嬉しそうに笑う人間の赤ん坊が私の羽をむしっていた。
もちろん怒鳴った。赤ん坊はわんわん泣いた。
でも、おかしいと思った。
なんでこの子には私が見えて、触れるんだろうと。
泣き声に気づいた赤ん坊の親が駆け寄ってきたけど、私にはやっぱり気づかなかった。
それでも赤ん坊はずっとこちらを見て泣いている。
面白いと思った。
私が見える人間にあったのは初めてだったから。
その日から私はちょくちょく人間界に降りては赤ん坊の様子を見に行って、たまに遊び相手になったりもしていた。
子供がいない私にとっては、なかなか楽しい時間だった。
そんな時、急に忙しくなった時期があった。
何故か死者が溢れてきたのだ。
でも察した。容姿こそ未熟だが長年生きていたのだ、理由くらい理解するのは容易かった。
戦争だった。
人間界で、戦争が起こったのだ。
赤ん坊は無事だろうか。どんなに忙しくてもこの思いは消えることなく、私を不安にする一方だった。
人間界から来た死者たちの中に、あの赤ん坊がいたらどうしようかとも思った。
そして、何年か経った頃、ようやく仕事が一段落終わり、余裕ができた。
真っ先に赤ん坊の所へ向かった。
でも…そこにはもう家がなかった。
ただの空き地と化したそこは、近所の子どもたちの遊び場となっていた。
人間界では、もう何年経ったのか。わからなかった。
もう、あの赤ん坊には会えないのかと思うと、涙が出るほど辛かった。
だがいつまでもクヨクヨしてはいられず、また前のように、気まぐれで人間界に顔を出すくらいにした。