第32章 幾恋心

「さっきのお返しよ。雪がアレン君に変なこと言うから」

「ご、ごめんなさい…リナリーの為にちょっと恋のキューピッドになっ」

「ん？」

「嘘です遊んでました少し！　ごめんなさいぃい！！」


　にっこりと。それはもうにっこりと。
　綺麗な笑顔のリナリーを前に、土下座の勢いで頭を下げる雪。
　そこに弁解の余地はなかった。

　てか怖ぇーさ、リナリー…。
　美人を怒らせると怖いって本当だったんさな…。


「もうしませんから…神田に送るのだけはちょっと…！」

「どうしようかしらねー」

「そこは切実にオレからもお願いしますッ」


　命の危険性に雪と共に頭を下げる。
　ほんと切実に殺されるから。
　オレ命惜しいからまだ！


「うーん、そこまで言うなら…」

「リナリー、雪さん、何してるんですか？」

「ううん、なんでもないわ。今行く」

「って、あ！　ちょっと！」

「待つさリナリー！」


　前方からクロちゃんと振り返って呼ぶアレンに、忽ちリナリーの意識は向いてしまった。


「考えておくわ」


　振り返ってにっこりとそれだけ笑って、アレンの下へと颯爽と駆けていく。
　取り残されたのは、縋るように手を伸ばして青い顔したままのオレと雪。

　…これってヤバくね？


「雪がリナリーに余計なことすっから…！」

「私の所為！？　ラビが変にからかってきたりするのが悪いんでしょ！」


　思わずお互いに頭を抱えて呻る。

　ヤバいって、まじヤバいって！
　てか、からかってねぇから！
　雪の反応に面白いとは思ったけど、本音言っただけだからオレ…！


「大袈裟ですね、ぎゃあぎゃあと」


　そこに溜息混じりに後ろから飛んできたのは、冷ややかなホクロ二つの監査官の声。
　思わず雪と凝視する。

　今、大袈裟言いました？
　この人。