My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
「リサイタル聴いてんのも悪くはなかったけどさ、」
「まだ言う──」
「今の気分は雪と話していたいかな、俺は」
「……」
雪の隣。
同じように並んで石造りの壁に背中を預けて座る。
そうして笑いかけてくるティキを見て、雪は思わず反発していた口を噤んだ。
「……なんで話したいの」
「なんとなく。話し相手が欲しいなぁと思って」
「………(…違う)」
立てた膝に握った拳を置いて、雪はじっとそこに視線を落とした。
飄々と軽い口調で受け答えてはいるが、彼の本音の顔は前回知ることができた。
だからこそ、なんとなくわかること。
(私の為に、話してくれてる)
暗い独房の中にひとりでいれば、否応なしに色々と考え込んでしまう。
そうして塞ぎ込んでしまっていた自分の為に、彼はこうして傍にいてくれているのだろう。
それが望まないものであれば、好意であっても傍迷惑なだけ。
けれどそんな負の感情は雪の中には生まれなかった。
「そんな理由じゃ駄目?」
「………ううん」
今あるティキの存在に、救われていると感じたからだ。
彼が、ただ夢が作り出した都合の良い存在であっても。はたまた全く別の存在であっても。
こうして彼のペースに呑まれて言葉を交わせば、少しだけ不安を纏っていた心が静まった気がした。
「……これも夢なんだよね…?」
「あー…まぁ、そんなもんかな」
本当に夢なのかと疑ってしまう程に、ティキは極自然に隣にいた。
息遣いや纏う気配、煙草を取り出す際の物音でさえも、リアルにその場にいるような錯覚に陥る。
「此処、禁煙」
「え。駄目?」
「換気できないから。煙が充満する」
「ああ…息苦しい部屋だな、此処」
「……部屋じゃないから、此処」
此処は牢獄だ。
外部と接触できる可能性のある窓枠を作らないのは、当たり前のことなのだろう。
膝を抱いて座り込んだまま、裸足の足元を見続ける雪。
煙草の箱をポケットに捻じ込みながら、ティキもまた彼女と同じ場所へと目を止めた。
ただの部屋でないことは一目瞭然だ。
細い雪の足首に嵌められた、重い足枷を見れば。