My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
「いいから寄越せよ、さっさと」
「はいはい。グラスは二つ?」
「一つ」
「お塩とライムは?」
「必要ない」
「あらそう。一人飲み用ねぇ」
厨房の棚からテキーラの瓶とショットグラスを取り出して手渡す。
「酒の肴は? 何か作りましょうか」
「要らねぇ」
「まぁつまんない」
「人の飲み方をとやかく言うな」
「それはそうだけど」
目当ての物を受け取ってしまえば、さっさと背を向けて去ろうとする。
そんな神田を見送りながら、ジェリーは余ったショットグラスを手に取った。
「神田」
呼べば顔だけ振り返る。
不機嫌そうになんだと目で問いかけてくる彼に、手にした小さなグラスを掲げて、ジェリーはぱちんとサングラスの奥の目をウィンクしてみせた。
「偶には一人じゃなく、誰かと酌み交わしてみなさいな。一人飲みより楽しいわよ」
「……」
「お酒は嫌な時に飲むだけじゃなくて、楽しむ為に飲むものでもあるのよ~」
にこにこと笑顔で提案すれば、じっとそれを見返した神田は興味なさげに再び顔を背けた。
(んなもん願い下げだ)
娯楽に浸る気分になどなれるはずもない。
しかしジェリーは雪の事情を知らない。
今の自分の心境など語っても無意味だと、神田は足早に食堂を後にした。
元より事情を知っていたとしても、心境を曝け出す気もなかった。
ジェリーにも、他の誰にも。