My important place【D.Gray-man】
第43章 羊の詩(うた).
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「はぁーいお待ちどぉん! 次は誰かし…あらん?」
黒の教団の料理長であるジェリーは、厨房内の一切を取り仕切ると同時に、受付カウンターでの雑務もやってのける。
日々美味なる料理を生み出す為には、消費者達の生の声を聞くことも大切だと常々思っているからだ。
その日も変わりなく食堂の受付カウンターから注文を聞こうと顔を出せば、教団内ではそう見ない特徴あるシルエットを目にした。
黒い長髪を一つに結んだ長身の青年。
彼には何が食べたいか聞く必要はない。
決まって好む料理は一つだけ。
「今日のお蕎麦は温かい方が良いかしら?」
ジェリー特性手打ち蕎麦。
基本はざる蕎麦。
寒い日なんかは、かけ蕎麦を好む傾向にある。
日本食を好む彼の名もまた日本人名に似た響きを持つ、神田ユウ。
修練帰りだろうか。肩にタオルを掛けてラフな服装で立つ神田に、ジェリーはにこにこと笑顔を向けた。
「酒」
しかし返された要求物は、いつもとは全く違うものだった。
「え?」
「酒」
「…んん?」
「酒だっつってんだろ。テキーラ寄越せ」
「あらまぁ…ひっさびさに聞いたわねぇその台詞」
苛々と催促してくる神田を前に、あらあらまぁまぁとジェリーは興味深くその姿を見つめた。
神田が酒を要求するようになったのは、今に始まったことではない。
昔からその洋酒を口にすることは多々あった。
どこから情報を仕入れてきたのか、初めて酒が飲みたいと言われた時はジェリーも心底驚いたものだった。
あの時はまだ神田が教団に入団して間もない頃。
コムイと深い繋がりのあるジェリーは、神田の体の事情はそれとなく知っていた。
それでもその時の神田は10代そこそこの幼い体。
見た目が思いきり未成年である彼に酒を渡すのは抵抗があったが、踏み切らせたのはその時放った神田の一言。
『忘れたいことがある』
他人を寄せ付けまいと鋭い視線ばかり撒き散らしていた神田が、一瞬だけ虚ろな表情を見せて呟いた言葉だった。
アルコールに浸って現実逃避など、大人であっても良いこととは言えない。
それでも単なる愚痴には見えなかった重い一言に、少しだけよと酒の小瓶を渡してやった。
それが始まり。