My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
褐色の掌に指先が触れる。
じんわりとティキの保持する体温が伝わってくる。
温かい。
「……」
ピクリと、雪の指先が止まった。
(……違う)
触れるだけで心を落ち着かせてくれる。
それと同時に胸も高鳴らせる、男性特有の骨張った掌。
それは温かくはなく、ひんやりと冷たい掌だった。
いつも早朝トレーニングで竹刀を振っているから、少し硬めのささくれができた中指。
頭や肩を叩く時は躊躇のない乱暴なものなのに、暗い部屋で顕にした肌に触れてくる時は、壊れ物を扱うかのように酷く優しい。
ひんやりと冷たいはずなのに、その手が触れた箇所から熱が広がっていく。
どうしようもなく熱く疼く体と心。
頬に手を添えて親指の腹で唇をなぞってくるのは、キスをする時のサイン。
唇が触れて深く交わると、髪に指を差し込んでくしゃりと無造作に顔を包んで触れる。
「…っ」
わからないのに、憶えている。
体で、皮膚で、感覚で。
焦がれる程に求めているもの。
それは、目の前の掌とは違う。
「……」
「…雪?」
止まっていた手を引っ込める。
自分の手でぎゅっと握り締めて、雪はぎこちなく首を横に振った。
「…わ…私の所為かも、しれない…」
「…どういう意味?」
「私が…ちゃんと名前を呼べていないから…気付けていないのかも…」
「……」
ちゃんとその名を呼べたら、振り返ってくれるかもしれない。
足を止めて、その目で見てくれるかもしれない。
(だって……見てろって、言ってくれた)
余所見せずに、自分だけを見てろって。
そう言われたような、曖昧で朧気な記憶。
「……」
それは不確かだけれど、可能性もゼロではないかもしれない。
「ちゃんと思い出せたら…見て、くれるかも…」
はっきりとは思い出せていない顔も、向けてくれるかもしれない。
声と同様、力なく震えそうになる手を、更にぎゅっと強く握り締める。
そんな雪の姿は、必死に自ら言い聞かせているようにも見えた。