My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
わかってる。
自分がこの場に不必要なことも、呼んでも彼が振り返らないことも。
わかっている。
全部もうわかっている。
全てはこの手の中からすり抜けてしまうことは、わかっていたことだ。
「っ…」
下唇を強く噛み締める。
堪えないと、涙が溢れてしまいそうだった。
漠然と心を包む暗い重い"何か"。
じわじわと心を蝕んで穴を空けていく。
どんなにそこに感情を詰め込んでも、想いを敷き詰めても、全て零れ落ちていってしまう。
もう、取り返しがつかない。
「ふ…ッ」
噛み締めた唇の隙間から漏れる本音。
…ああ、もう
駄目だ
光の向こう側へと消えていく、もう小さくなってしまった二人の背中を見つめながら。
緩んだ目元は、じんわりと涙で濡れた。
「うーわ。悪趣味」
唐突だった。
その声が真横から響いたのは。
「!?」
今まで何度も見てきた夢だ。
しかしこの声は一度も聞いたことがなかった。
あまりの驚きで涙は思わず引っ込んで、反射的に顔を上げて声の主を捜す。
「ま、俺も人のこと言えねぇけど」
その人はすぐ近くにいた。
蹲ってその場に座り込んだ雪のすぐ隣。
同じように屈んでその場に胡坐を掻いたまま、膝に頬杖をついてつまらなそうに見ている先は、もう微かなものとなってしまった光の景色。
「毎回こんなもん見せられてんの? 大変だね」
ふぅ、と咥えていた煙草の煙を吐きながら、面倒臭そうに向いた目が雪を捉える。
金色の輝くような瞳。
褐色の肌に真っ黒な癖の強い髪。
左目の下には印象付ける泣き黒子。
すぐにピンときた。
「ティ…キ…?」
その名を呼べば、金色の切れ目は微かに見開いた。
確かにその男はティキだった。
何度か雪も言葉を交わしたことがある男性。
しかし名を呼ばれたことに、ティキは目を見張った訳ではなかった。
驚きの表情を見せる雪の、その眼球を濡らしている痕跡に思わず目を見張ったのだ。