My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
目が覚めると忘れてしまう。
けれど再びこの光景を見ると思い出す。
これは何度も夢に見ている景色だ。
何度も何度も。
そして見る度に胸が締め付けられる。
心が突き刺さるように痛む。
意味のわからぬ悲しい夢。
──ねぇ、この花知ってる?
…ああ、まただ
──蓮華の花
また"あの人"の声
──泥の中から天に向かって生まれて
──世界を芳しくする花なのよ
何度も聞いた。
夢の中で何度も囁かれた。
自分ではない。
光の中に、花の中に、浅い水辺の中に立っている黒服の男性に向けて。
──見たいなぁ
──一面に咲きほこっているところ
あ
その、台詞
──いつか、ふたりで
──一緒に見ることができたら
その台詞
私も言ったことある
伝えたことがあるの
同じように、彼に向けて
そう口にしたいのに言葉にならない。
淡い光の世界で言葉を紡げるのは彼女だけ。
黒服の男性と同じ、真っ黒な服に身を包んだ儚い笑顔の似合う女性(ひと)。
周りの花を見て、彼女が儚く笑うから。
黒服の男性が歩み寄りその手を握る。
一言、二言彼が囁けば、見る間に彼女は花が咲くように笑った。
ああ、なんて愛の溢れる光景だろう。
温かくて優しい世界なのに、しかし雪にとっては何故か真逆に感じる世界だった。
温かいのに無機質で。
優しいのに悲しくて。
痛い。
──ホントに?
──おじいさんとおばあさんになっちゃってもよ?
「…やめて」
──待ってるね、ずっと
いつもその言葉を最後に、手を繋いで光の向こう側へと消えていく。哀しい景色。
いつも必死に彼の名前を呼ぼうとして呼べなくて、途方に暮れる。哀しい時間。
わかっているのに。
何度も見た光景なのに。
何度も感じたものなのに。
──…待ってる
「やめ…て…」
両耳を塞いで強く目を閉じる。
音も色も形も、何も心に入り込ませたくなくて。
今はもう縋る勇気がない。
名前を呼べる自信もない。
だって、壊れてしまったから。