My important place【D.Gray-man】
第42章 因果律
笑って語れる。
思い出話をするように。
他人に、心にしまっていた出来事を伝えることができる。
(そんな日がいつか来るって、信じていれば)
人は前に進むことができるのだ。
それはアレンにとって小さくとも、確かな一歩だった。
「リンクが空気になってきたってことかなぁ」
「は!? 空気!?」
自然と零れた笑みをそのままに振り返れば、聞き捨てならないとリンクが肩を怒らせる。
まぁまぁとそんな彼を笑って宥めながら、ふと視界に入る病室のベッド。
婦長に頼んで個室にしてもらったそこに、静かに寝かされている姿を目に映すと、アレンの笑みは忽ちに消えた。
いつか笑って語れる日がくる。
いつか前に踏み出せる日がくる。
それは果たして"彼女"もそうだと言えるのか。
「……」
真っ白なベッドの上に寝かされている体には、もうあの金色の縛る札はない。
方舟を使って教団に帰り着いた後、アレンが頼めばマダラオは意外にもすんなりと拘束の札を解いてくれた。
ただし傍に必ず監視として誰かが付くのを条件に。
元より傍を離れるつもりはなかったから、アレンは返事一つでそれを了承した。
幸い怪我は軽い熱傷だけで然程酷くもなく、きちんと手当てされた姿に少しだけ胸を撫で下ろす。
「……雪さん」
そっとその名を呼んでみた。
しかし聞こえていないのだろう、瞑った瞳が開くことはない。
自然と伸びた手は前髪に触れ、そっと流せば額が顕になる。
そこには何もない。
聖痕など最初から存在していなかったように。
「おい」
コツ、と病室に踏み込む足音。
はっとアレンが顔を上げれば、病室のドアを開けて立つ全身黒尽くめの青年の姿があった。
神田だ。