第2章 黄瀬の「き」はキモいの「き」!
「それであの…これなんですけど」
差し出されたのは間違いなくオレの財布だった。
…薄汚れてるけど。
落としたんだからそりゃ少しくらいは仕方ないけど、なんか…違和感。
オレの態度が不自然だったのか、彼女は申し訳なさそうにこう言った。
「あの…犬が公園脇の木の下に穴を掘って隠そうとしていたところを見つけたので…よだれはなんとか拭きとれたんですけど」
よだれまみれだったんかい!!?
「あの、でも中身は大丈夫でしたので。あ!勝手に中見ちゃってすみませんでした!」
「いやそれは全然……届けてくれてありがとうッス」
犬は好きだが、犬がくわえてよだれまみれだったという財布を手に取るというのはかなり躊躇した。
それでもそのまま捨てといて、なんて言えないので受け取るしかない。
あ、噛み跡みたいな凹みがある。
さすがにもう使えないか。結構気に入ってたんだけどな。
そこでふと疑問に思う。
「……その犬って、キミの犬ッスか?」
「いいえ、全然知らないワンちゃんでした」
え?てことは見知らぬ犬のよだれや土がついたこれを、拾って拭いて綺麗にして、わざわざここまで持って来たのか。
さすがにここまでされたら、それなりのお礼はしなくちゃな…。
「それでは、私はこれで失礼します」
と思った矢先にさようなら?!!
「え、いやあの、お礼させてくださいッス!」
「いえ、お礼をして頂くようなことはしていませんので」
「してますって。このままになんて出来ないッス。電車の時間とか決まってるんスか?」
「いえ、電車には乗らないんですけど…学校の先生にご用があって、お時間つくって頂いているので、もう行かないと」
「そうなんスか…じゃぁ連絡先教えてくださいッス!日を改めてでも…」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分です。それでは」
彼女はそう言って深々と頭を下げると、駆け足で去ってしまった。
駅に用があるついででも
オレがモデルだから、恩を売りたいわけでもなかった。
ただ純粋に
困っているであろうオレのために
自分の用があって急いでいるのに
走って届けてくれたんだ。
胸が、急に高鳴った。