第1章 秘密の日課。~海堂薫~
朝練が終わって部室へ帰ろうとする頃。
コートの向こう側にある花壇に、水やりをする琴子の姿が見える。
一年生の頃、ぎゅうぎゅうに混んだ部室に入れなくて外で待っているときに毎朝琴子がそこにいることを知った。
園芸部員の琴子はいつもこの時間帯に水やりのためやってくるのだ。
少し離れているから、琴子は気づかない。
それをしばらく眺めるのが、俺の日課。
翌日。
また私はいつものように一つ目の目覚ましで起き上がる。
カーテンを開いて、薫くんが出てくるのを待った。
今日は、緑色のバンダナだ。
「おはよ、薫くん」
数回足のストレッチをして走り出す…はずだった。
窓の下、トレーニングウェア姿の薫くんがこっちを見た。
バッチリ目が合ってしまって、私は慌てて窓を開ける。
「……よぉ」
「お、おはよ…」
お互い、数秒見つめ合ってしまう。
「…行って、くる」
「う、うん、いってらっしゃい」
背を向けて走り出した薫くん。
どうしようもなく胸がドキドキしてくる。
「うわぁ…やば、いかも…」
私は思わず窓際に座り込んだ。
戻ってきたとき、どうしよう…。
いつものように覗く?
でもまたこっちを見たらどうしよう。
変なヤツって思われないかな。
色々考えていたら、目覚ましが鳴ってしまった。
薫くんがもう帰ってくる。
もし、もしまたこっちを向いたら?
私は思い切って窓の外を覗いた。
「あ…」
「………ただいま」
「おかえり…」
私、ちゃんと笑えたかな。
変な顔になってなかったかな。
薫くんが家に入って行ったのを見届けて、私はベッドに突っ伏した。
(やばい、やばい、どうしよう…)
こっちを見てくれたのが、たまらなく嬉しかった。
それと同時に、恥ずかしくて。
やり場のない衝動に、私は布団にぐるぐると包まってみたり、ぬいぐるみを抱きしめてみたりした。
そして、今度は薫くんが学校へ行く時間が近づいてきたことに気づく。
急いで着替えて、身支度を整える。
(…げ!さっきまで、髪の毛ぼさぼさのままだった!!!!)
最悪だ…。
薫くんが見ないと分かっていたから、寝起きそのままで窓辺に立っていたのに。
大きなため息をついて、私は洗顔をしに階下へ降りていった。