第11章 xxx 10.指名予約
壁の向こうから歌が聞こえる。
声の主は他でもなく入浴中の黒尾であって、隣近所に聞こえていないか不安になるボリュームなのだけれど。
「(なんだっけ……この曲)」
聞き覚えのあるメロディだった。
歌詞までは聞きとれない。でも、たしかに聞いたことがある。何だっけな。うまく思い出せないや。
ベッドに横たわって、ぼんやりと天井を眺め、記憶の海をさらう。
その間も黒尾の歌は止むことなく、なんとなく、それが心地いい。深夜帯の仕事で疲れた身体が、ベッドに沈みこんでいくような感覚に包まれる。
「いやだな、……こういうの」
遠退いていく意識のなか、空中に向かってぽそりと呟いた。誰かと過ごす温もりなんて、もうこれ以上、知りたくないのに。
だってそうでしょ。
彼だってそのうち、──ここから出ていっちゃうんだから。温もりを知れば、あとで絶対、ひとりがつらくなる。
「もう……ひとりはやだよ」
ほとんど声にならなかった。
黒尾の歌声が急に聞こえなくなる。シン、と静まりかえる部屋。まるで世界が終わったみたい。
時折聞こえるシャワーの音にひどく安堵したのは、いつのことだったか。
忍びよる睡魔に意識を渡して、私は、深い深い眠りへと落ちていった。