第10章 xxx 09.彼氏(仮)
どこかでサイレンが聞こえた。
喧嘩か、アル中か──いずれにせよ、この町に来てから何度も聴いた胸のざわつく音。
暗幕の隙間から差しこむのは赤色灯の鮮烈な、赤。
「……カオリの手、きれい」
研磨は、私の右肩に頭を乗せてこちらに体重を預けていた。重ねた手は五指が絡みあい、しっかりと繋がれている。
「研磨の手はあったかいね」
彼の自宅はここからそう遠くない。
聞けばそこは海沿いの高級住宅地で、芸能人も住んでいるようなツインタワーマンションの名前だった。
厳格な父と、働き詰めの母。
そんな両親の間はずっと昔から不仲で、家にいれば「勉強」「将来」「世間体」について説教されてばかり。
窮屈な生活から逃げるようにしてこの町に来て、援交で食いつなぐ家出生活をしていたんだそうだ。
まるで、ドラマや小説の世界から脱けだしてきたかのような、お人形みたいに綺麗な研磨。
「俺、体温高めなんだ」
私に擦りよる彼は儚げで。
放っておいたら消えてしまいそうだな、なんて。我ながらメルヘンな考えが浮かんで、パチンと消えた。