第9章 xxx 08.遭遇
「立てる?」
「……うん」
差し伸べられたその手を握って、ゆっくりと立ちあがる。意外と大きい掌は温かく、私を引き上げる腕も力強い。
「あの、……ありがとう」
おずおずと彼女を伺いみて、それから小さく頭を下げた。
「どういたしまして」
くるりと内巻きにカールしたミドルボブ。お人形のような彼女が微笑むと、小麦畑のような金色の髪が嫋やかに揺れる。
シャンプーのような、いい匂い。
「お姉さん、どこかのお店のひと?」
「……うん。劇場の裏で働いてる」
「じゃあ、俺をそこに連れてって」
繋いだままの手と、手。
合わせた肌の感触が急に強くなって、彼女はこちらに背を向けた。──ていうか今、俺って言いませんでしたか。
「走ろ」
「へ?」
「早くしないと捕まっちゃうから」
「え? ちょ、え、待っ……!」
「俺、悪い奴等に追われてるんだ」
「悪いやつら?! どゆこと?!」
風が頬を通り過ぎていく。前髪がめくれて、おでこに雨粒があたる。
彼なのか。彼女なのか。
駆け出した足が鳴らすのはハイヒールがコンクリを打つ音。一方、適当に引っかけたサンダルで走る私。
「足、速っ! ちょ、ちょっと待ってええぇぇぇ……!!」
一番街裏路地、ラブホテル【Sexy Cat】のネオンの下で、私の絶叫が響き渡った。