第8章 xxx 07.恋愛禁止
「カオリ」
私を呼ぶ岩泉さんの声。
目を伏せたまま黙っていると、膝に乗せてあっただけの手に、彼の手のひらが重なった。
「カオリ、こっち見ろ」
一秒、二秒、床と睨めっこをして、油の切れた機械のように少しずつ顔をあげる。
私を見るまっすぐな目。
力強くて優しい、岩泉さんの目。
「大丈夫」
彼は言う。だいじょうぶ。
「お前はそのままでいいんだよ。今、俺を好きだって思ったんだろ? だったら、それでいいんだ。そんな悲しそうな顔すんな」
岩泉さんから紡がれる言葉は、まるで、消毒液のように。
すうっと胸に沁みこんで、こころの奥の、傷ついた場所を癒してくれるみたいだった。
「俺だって、こうしてカオリといると、恋したくなるよ。つーかしてる。俺、お前に惚れてるよ。かわいいし、魅力的だし、なんつーか……男を惹きつける力を持ってるよな」
それは、お前の才能だろ?
おおらかに。穏やかに。心地いいテンポで、彼の言葉はつづく。
「好きなら好きでいい。出会いの数だけ恋するくらいの気持ちでいろ。この町で生きていかなきゃいけねえ理由があるんならな、出会う男を片っ端から惚れさせろ」
俺も、トオルも、木兎くんもだ。
なんならうちのホスト全員でもいい。ともかく落とせ。お前に惚れさせろ。色恋営業のなにが悪い?
俺は、それだって立派な生き方だと思うよ。
「お前が、カオリが、本気で恋をするから、俺たち男もつられて本気で恋をするんだ」
だからいっぱい恋して、いい女になれ。色恋枕上等。それでこその風俗嬢だろうが。
「だからお前はそれでいいんだよ」
だから、大丈夫。
岩泉さんは最後にもう一度そう言って、ギュッて、手を握り直してくれた。