第18章 xxx ending √3:TETSURO
幼い足音が駆けていく。
それはいつか見た景色。
あの日、彼女を待っていたテラス付きのカフェ。昔と何も変わってない。上品なコーヒー豆が優しく香る。
バカみたいに甘いバニララテ。
あいつ、これ好きだったなあ。
熱々のそれを手に向かう先。白で統一された廊下を進み、一番奥の部屋の前に立つ。
スライド式のドアを音もなく開ければ、そこには、静寂のなかで横たわるお前がいた。
「よっ!黒尾! メリクリィ!」
「光太郎……お前、来てたのかよ」
「そんなイヤな顔すんなよー」
こいつもいつまで経っても変わらない。五十過ぎたオッサンが「メリクリ!」とか言わねえだろ普通。
そんな彼を横目に、そっと、カオリの顔を覗きこむ。カサついた唇。またリップ塗り直してやらねえと。
「あ、そうだ……カオリ、これ買ってきたぞ、お前の好きなホットラテ。ここに置いとくからな」
彼女からの返答はない。
代わりに人工呼吸器の無機質な音が、ピッ、ピッ、と聞こえるだけ。
彼女は、カオリは、その命の旅に終わりを迎えようとしていた。
末期癌なのだ。
発覚したときにはもう、手遅れで。処置の施しようがないほど、病は彼女を蝕んでいた。
──充分に生きた。そう思う。
俺ももうすぐ還暦だし、彼女とは長く連れ添った。たくさん、愛し合った。カオリはいつだって俺の隣で、微笑んでくれていた。
でも、もし神さまがいるのなら。