第15章 extra xxx 003
香るのはガーネッシュの八番。
黒で統一された殺風景なここは京治さんの部屋だ。意識を取り戻したとき、私は彼のベッドに寝かされていた。
しかしそこに家主の姿はなく、代わりにいたのが彼、白布賢二郎。
『あの男性でしたら病院に運ばれましたよ。命に別状はありません。ただ、……言葉を発することが出来ないようで』
告げられたのは残酷な事実だった。
岩泉さんの容態。失語症という単語。それは一時的な症状かもしれないし、一生、治らない場合もあるということ。
「それでは俺はこれで」
「……ありがとうございました」
「いえ、仕事ですから」
数日分の食事と着替え。数枚の一万円札。何かあったときの連絡先一覧。京治さんからの伝言。
それらを置いて彼は去る。
ひとり残った部屋で、白布さんから預かったメモ用紙に目を落とした。
【温かくして寝ること】
手のひらに収まるサイズの小さな紙には、たった一言、京治さんの字でそう書かれている。
どうして、責めないの。
どうして、怒らないの。
私の浮ついた態度がこの結果を招いた。岩泉さんも、京治さんも、徹くんのことだって。きっと、たくさん、傷つけた。
『お前みたいな尻軽女ってさ、俺、殺したいくらい大嫌いなんだよね』
そう言われても仕方ないことをしたのは、私なのに。
ぱた、ぱた、ぱた
メモを濡らす水玉。
黒いインクが滲んで、文字がふやけて、薄墨色になって広がっていく。