第3章 xxx 02.及川徹
光太郎の言う「心配」はもちろん店の商品としてなんだろうけど。それでも、たしかに胸に芽生えたのは温かさだ。
幼いころに父に見捨てられ、たったひとりの肉親だと思っていた母は男と蒸発。しかもそれが二週間前。
そんな境遇の私にとって、光太郎のストレートな言葉はなんだかくすぐったくて。ちょっとだけ頬に熱があつまった。
「よし、店戻るか!」
「うん。戻ろう」
狭くて汚くて、ピンクチラシの貼り紙だらけのエレベーターに乗りこむ。
光太郎がそのうちの一枚を凝視してたんだけど、それが精力増強剤の類だったので、思わず真顔になった。
「それ以上勃たせてどうすんの」
「抜かずの3発ってさ、
男のロマンだと思うわけ」
「へえ……そうなの」
「だからさ、今度俺とこれ使って
ブッ飛ぶまでセックスとか。どうよ」
「……あんた本当にいつか
オーナーに沈められるわよ」
階数表示が6になるまでの間、彼の下衆なお誘いは延々続いた。こんな色気のない誘われ方したのは初めてである。
フロアに戻ってお互いの仕事に向き直ると、直後にエレベーターが動いて次の客がやってきた。
「マリンさん、ご新規1名ね」
本日二度目の光太郎の営業スマイル。
通された客は、灰がかった髪に涙ぼくろが特徴的な好青年だ。よかった。初めての仕事はオヤジ相手じゃないらしい。
それにしても、マリンって私の源氏名なんだろうか。
いつの間にか付けられていた第二の名前。仮面を被って過ごす日々が、今、はじまろうとしている。
xxx 02.及川徹___fin.