第1章 彼と初めて出会った日の事
「悩んだ挙句にここかい?」
急に暗がりから離しかけられて肩を大げさに跳ねさせてしまう。
声のするほうへ目を向けるが全く先が見えない。
しかし、誰かの重々しい足音はしっかりとこちらに向かってきていた。
「驚かしちまって悪かったな。いい格好してるが、ここで暮らすなら独りじゃ生きていけねぇ。ついてきな」
「…あなたは?」
「サディクだ。おめぇさんには怪しく見えるだろうがこの地下街じゃ一番信頼できる男だぜ」
「ごめんなさい、真っ暗で何も見えないのよ」
「手を引いてやろうか?」
「足音を追っていくから大丈夫よ」
「しっかりした嬢ちゃんだ」
万が一この目が利かないところで腕でも掴まれればたまった物じゃない。
声の高さからして十分な身長のある男の人。足音からして大柄だと分かる。
自衛が十分だとは思っていないが、いつでも逃げられるようにしていれば少なくとも生き残れる可能性はあがるだろう。
「しっかし、どこから来たんだ?下町のはずれか?」
「じゃあそれでいいわ。それよりこれからどこに連れて行くの?」
「そうツンケンするなよ。これからいくところにはお前さん位のガキンチョがいる。そいつにここでの生き方を教えてもらいな」
「どうして初対面の私にそんなことを?」
「例えこんな真っ暗なダウンタウンでも問題が起きればすぐに制圧に来る奴らが居るんだよ。
…ほら、見えてきたぞ。ちょっくら眩しいかもな」
ぼんやりと光る遠景でやっと私の前を歩く男の影が浮かび上がった。
想像よりも大きくたくましい体の男は私の様子を見るように振り返った。
その目元には白いマスクがされており、素顔は隠されていた。
確かにこれは誰が見ても怪しい。
一際目立つガスネオンの光で包まれた建物の中は蒸気とは違う煙の臭いと顔を歪めたくなる様な喧騒が広がっていた。
色んな所から好奇の目線が突き刺さる。
カウンターの中に入るとサディクが天井から垂れているロープを力任せに何度も引く。
それにあわせて鳴り響く乱暴な鐘の音は日曜日に聞く教会の鐘とは似ても似つかないものだった。
「リョウ!降りて来い!」
声が響くとカウンターの棚がガタガタと揺れる。
その瞬間は何か分からなかったが、それがすぐにカウンター奥の壁の振動であることに気付く。
壁を見ると決して大きくは無いが食事運搬用の手動エレベーターがついている。