第3章 【裏】誘い誘われ ~前田利家~
(あいつ…意味わかってんのか…?)
琴子の部屋へ行こうとして、俺は自分の部屋の障子に手をかけたまま立ち尽くしていた。
意を決して言った言葉だったが、琴子はこちらを最初にチラと見ただけで簡単に返事をしてそのまま仕事に戻ってしまった。
自分の気持ちが伝わっている気がしない。
単にお話しするだけだと思っていてもおかしくなさそうだ。
琴子とは幼馴染として、兄のような存在としてずっと接してきたが、いまや自身の妻である。
気持ちが通じ合ってからは以前のように触れたいと言う衝動を抑えるのが難しくなっていた。
抱きしめたい。
その唇を奪いたい。
柔らかなその肌に包まれたい。
琴子を娶ってからもうすぐ一つの季節が巡ろうとしているのにも関わらず、まだ数回しか琴子を抱いていない。
そろそろ限界だ――。
そう思ってのことだった。
「……はぁ」
仕方ない。これにだけは頼るまい、と思っていたが。
眠れない夜用にと置いていた酒を一杯だけ煽り、琴子の部屋へ乗り込むべく廊下を歩き出した。
琴子の部屋へ続く廊下の曲がり角を曲がったところで、湯上りと思しき琴子と鉢合わせした。
「あ…」
「…よぉ」
濡れた髪を結い上げた琴子が上気した頬で俺を見上げる。
そういうつもりで訪れているのに、直視できずに思わず目を伏せてしまった。
ほんの少しの間、時間が止まったように俺たちは身じろぎ一つしなかった。
「…湯冷め、しちゃう」
その沈黙を琴子が破り、俺の手を引いて歩き出す。
(すぐに暖めてやる)
そう思いはすれど、言葉にはできなかった。
琴子の部屋に入り、障子を後ろ手に閉める。
敷かれた一組の褥に俺は目を見張った。
琴子は俺に背をむけたまま千鳥格子の羽織を脱ぐと、薄い桃色の寝巻き姿になる。
「琴子…?」
思わず名前を呼ぶと、琴子は困ったような顔で振り向いた。
その頬が赤く染まっているのは湯上りだから、だけではないだろう。
俺は大きく一歩踏み出して、琴子を腕の中に閉じ込めた。