第7章 横恋慕 ~片倉小十郎~
桜黄の若旦那は店の外まで見送ってくれた。
預けていた野菜を引き取って城へ戻る道中、琴子は無言で歩く小十郎を見上げる。
(まだお勤めはあったはずなのに、どうして城下に…)
そんな思いを知ってか知らずか、小十郎は不意に琴子の顔を覗きこむ。
(わわ…!)
びっくりして足が止まると、可笑しそうに小十郎が肩を震わせる。
(な、なんで笑われるの?!)
「思ってること全部、顔に出てる」
(う……)
「ふふ。本当にお前は可愛いよ」
言われて、また顔が熱くなる。
少し悔しくて、小十郎の顔をじっと見つめてみる。
今、何を考えているんだろう。
(……全然わからないや)
いつもの落ち着いた緑の瞳の奥に、何が映っているのか。
「琴子」
「は、はい」
「私の隣にお前の幸せはない…そう言ったことがあっただろう」
「…はい」
「お前が隣にいると私は幸せだ」
そっと小十郎の手が琴子の頬に触れた。
彼の瞳は間違いなく琴子を捕らえている。
「…それならば、私も幸せです」
琴子の胸がとくんと跳ねる。
切なくて、苦しくて。
でも、この気持ちをどうしても手放すことはできない。
「ところで…」
きゅ、と眉根を寄せて小十郎が真剣な顔をする。
「他の男の前で、そんな顔はするな」
「へ…?」
「かんざしを褒められて頬を染めていただろう」
「え、え……え?! い、いつから見ていらっしゃんですか?!」
「――菜の花を買っているところから」
「…ええ?!」
「お前に言い寄る男がいると聞いてな。追い払っておこうかと」
(わ…小十郎様もそんな風に考えるんだ…)
「嬉しそうな顔だな」
「う…嬉しい、です」
顔がニヤついて仕方ない。
城に着く頃には普通の顔に戻れるだろうか。
琴子はちらちらと小十郎を見ながら、顔を引き締めようとする。
そんな彼女を感じながら、小十郎は部屋で待っているだろう政宗と成実のことを思う。
どう伝えても惚気にしか聞こえない報告しかできそうになかった。
END