第3章 【裏】誘い誘われ ~前田利家~
「琴子。今日は…お前のところに行ってもいいか?」
家臣とともに広間で夕食を取った犬千代のもとへ、膳を下げに行ったときのことだった。
こそりと耳元で伝えられたそれに、私は何の迷いも無く、
「いいよ」
とだけ応え、膳を持ち上げて立ち去った。
そのとき、犬千代がどんな表情をしていたのかなんて考えてもいなくて、ただ単に私の部屋に来るんだ、と思っていた。
でも、厨房でお椀を一つ一つ洗っている内に気づいた。
(あ…そういうこと、だよね……)
簡単に返事をしてしまった。
犬千代はどう思っただろうか。
そういうことを簡単に考えられるような尻軽女だなどと思ってしまっただろうか。
そんなこと全く考えてなかった、ごめんね、なんて謝るのも酷いような気がする。
(どうしよう…)
これが初めてというわけではない。
しかし、想いが通じ合ってからまだ片手に足りるほどしか体を重ねたことはない。
犬千代が当主になったばかりで忙しいこともあり、二人きりで過ごす時間はあまりなかった。
ここ最近やっと落ち着いてきたのか、庭で槍を振るっている姿を見るようになってきたところである。
犬千代とは長らく幼馴染止まりであったこともあり、そのような行為がなくても特に気にならなかったし、犬千代も求めようとしてこなかった。
…いや、単にそう見えただけで、実際はそうではなかったのかもしれない。
お椀を全て洗い終わった私は前掛けで手を拭いながら厨房を後にした。
犬千代がいつ部屋に来るのかわからないため、急いで準備をしなくてはならない。
私は大急ぎで褥の用意をし、白桃色の寝巻きと手ぬぐいを手に湯浴みをすべく風呂場へ向かった。