第7章 横恋慕 ~片倉小十郎~
「おぅ、今日も酒蔵かぃ?」
「ええ。良いのがないかな、と思って」
「桜黄の若旦那は嬢ちゃんが来ると大盤振る舞いって話しだ。良い男捕まえたねぇ」
けらけらと笑う店主に琴子は顔の前で手を振る。
「ないですよ~。買い付けの量が多いから、良いお得意様ってだけです」
「そうかねぇ」
片眉を上げながら、店主は野菜の代金を確認する。
「ん、これはお釣りだ。じゃあ後で取りに来な~」
「はい、ありがとうございます」
お釣りを受け取って頭を下げ、琴子は足早に酒蔵へ向かう。
桜黄の若旦那は優しくて、いつも珍しいお酒を用意してくれている。
小十郎との晩酌用のお酒はいつも若旦那のお勧めだ。
ただ、話が長いのが難点といえば難点で、買い付けに時間を食ってしまう。
小姓の仕事もあってあんまり遅くなるわけにはいかないので、最近は野菜を引き取りに行く、という理由をつけて早めに酒蔵を出るようにと心がけている。
「ごめんくださーい」
琴子が桜黄の暖簾をくぐると、若旦那が満面の笑みで迎えてくれた。
「いらっしゃい、琴子さん」
番頭台から下りてきて、若旦那はわざわざ琴子のために作ってくれた帳簿を持ってきてくれる。
「すっかり春ですね。…梅のかんざし、とてもお似合いですよ」
「あ…ありがとうございます」
小十郎から貰ったかんざしを褒められて、琴子の頬がぽっと染まる。
「可愛いですね」
「え、ええ、小十郎様が私にと選んでくださって…このかんざし、とても気に入ってるんです」
「いえ…そうではなくて」
「え?」
「琴子さんが可愛いということですよ」
「え、えぇ?」
帳簿を受け取ろうとしていた手が、若旦那の手に包まれる。
その肌の滑らかさに驚いたのもつかの間。
「貴女が好きです」
真剣な瞳に絡め取られて、視線を外せなくなる。
「琴子さん…私の元へ来てもらえませんか」
きゅ、と手を握られて琴子の頬が真っ赤になる。
「あああ、あの、私は」
「分かっています。貴女が片倉様と恋仲であるということは」
「だ、だったら…」
「町人の貴女が武家へ嫁ぐことがどれだけ難しいことか、知らぬわけではないでしょう」
「それは…」