第7章 横恋慕 ~片倉小十郎~
若旦那の言葉に琴子は唇を噛む。
(分かってる…そんなことは…)
小十郎と祝言を挙げるなんてことが簡単にできるとは思っていない。
伊達家当主政宗の側近なれば、正室、側室と複数の妻を持たねばならぬ可能性は大だ。
そうなれば、町人の自分では正室にはとてもなれない。
かといって、側室にもなれぬだろう。
妾となるのが良い所だが、そんなことに耐えられるとも思えない。
「それに。戦だと貴女を置いていくこともありません。戦で命を落とすことも。私は、貴女に寂しい想いをさせません」
「……」
「私が、貴女を幸せにします」
「………わ、私は…」
声が震える。
でも、伝えなくては。
「私は…幸せにしてもらいたくて、小十郎様の傍にいるのではありません」
そうきっぱり言って、包み込まれた手を引こうとする。
しかし、それは叶わず。
「それでは、琴子さんは幸せになれないじゃないですか」
若旦那の必死な顔に、琴子は首を振る。
「そうじゃないんです。小十郎様が笑ってくれると、幸せな気持ちになれるから傍にいるんです」
「琴子さ――」
「そろそろ、その手を離していただいても?」
「え…っ」
思った以上に強く引き寄せられ、琴子は小十郎の腕の中へ倒れこむ。
「小十郎様?! ど、どうしてここに…」
「あぁ…そろそろ、春のかんざしを渡さなくてはと思って」
「へ…?」
「もう梅の季節ではないだろう?」
すっ、と梅のかんざしが引き抜かれ、代わりに別のかんざしが差し込まれる。
「…うん、よく似合う」
小十郎の端整な顔が微笑む。
琴子はその笑顔を見るだけで胸が温かくなる。
「ありがとうございます…」
喜色いっぱいに琴子の頬が染まるのを見て、桜黄の若旦那はため息をついた。
「やっぱり、適いませんね…」
(貴女がそんな顔をするのは、いつも片倉様の話をするときだ)
「あの…ありがとうございました」
「いえ。またお越しください。また珍しいものが入ったら取っておきますから」
商人の顔で若旦那は笑う。
「京の酒があれば、是非」
「ええ。片倉様のお屋敷にお届けいたしますね」