第11章 クロネコとタンゴ
暗闇に包まれる視界。
聞こえるのは観客の息遣いだ。
待望と期待を孕んだそれ。何が始まるのか。何を観せてくれるのか。劇場内を満たす緊張感にピン、と背筋が伸びる。
緞帳(どんちょう)が上がりきった。
直後、焚かれたのはピンスポット。
真っ白な輪が浮かびあがる。
その中心にいるのは、深紅のドレスを身に纏った女性だった。
誰かが言う。
「……きれい」
それは感嘆の声。
美しく着飾って、凜と、舞台に立つ。自分とそう歳は変わらないはずの役者。彼女は綺麗という言葉自体を身につけているようだ。
ス、息を吸いこむ音がした。
【愛なんて所詮、ゲームでしょう?】
透明感のある声にのせられる台詞。
観客の誰もが一瞬にして、彼女に惹きつけられる。その世界に引き摺りこまれる。
同じだ。そう思った。
胸に風穴があくような衝撃。
沸々と湧きあがる、昂揚感。
私は、この感覚を何度も体感したことがある。兄だ。お兄ちゃんの試合を観ているときと、同じ。