第11章 クロネコとタンゴ
「お、今日の服かわいいじゃん」
サラッとこういうことを言うのだ。この人は。図らずも熱くなってしまう頬を隠すようにして、視線を逸らす。
古めかしい講堂。
行き交う大学生。
そこには未来が広がっていた。
私もいつか大学生になって、彼らのようにキャンパスライフを送るのだろうか。いつかくる未来。遠いようで近い、将来の光景。
思い描く。
その頃、兄は何をしているのだろう。
プロ選手として活躍しているのだろうか。世界の空を、彼は、翔んでいるだろうか。
兄が目指す舞台への一歩を、私は、ちゃんと応援できているのだろうか。
チクリ。
胸に走るのは痛みだ。
まるで、針を飲みこんだみたい。鋭利な針先がこころに刺さって、血が流れて、瞳から溢れだしそうになる。
痛い、──そう思う。
「……い……おい、かおり」
かおり。
先輩の声に呼ばれて意識が浮上した。
見上げればそこには一際大きな建物。入口付近には人だかり。掲げられた立て看板には【上井大学演劇部定期公演】と記されている。