第8章 悪いことしましょ
「あれ、木兎の妹じゃん」
「黒尾……センパイ」
涙でぐしゃぐしゃの私を見ても、彼は眉ひとつ動かさなかった。何事もなかったかのようにしゃがみ込んで、同じ目線から言葉をかけてくれる。
「どした? 転んだ?」
「あ、いえ……はい」
黒尾先輩のことは、随分前から知っていた。片手で数えられる程度だが、兄の練習試合で会って話をしたこともある。
彼が意外と近くに住んでることも、実は出身中が隣だったことも、話だけは聞いたことがあった。
「立てるか?」
ほれ、と差し伸ばされる手。
兄よりちょっと細くて冷えた指先が、私の手を握って立ち上がった。
「あ、あの……センパイ?」
手を繋いだまま坂を下る、その大きくて広い背中に問いかける。
厚手でざっくり編みのニットカーディガン。先輩によく似た黒い毛糸。くるりとこちらを振り向いて、彼は言う。
「そのままじゃ危ないだろ」
「…………?」
「泣きっ面の女の子がひとりでこの辺歩いてたら、色々危ない、でしょ?」