第5章 狂いだす
怖い。
何が怖いってもうなんか全部怖い。
普段はあんなにうるさいのに、本気で怒ると、こうして静かになってしまう兄が。その視線が。そのオーラが。
苛立ちを全面に押しだしている。
「(ひいい……顔怖っ!)」
静かであればあるほど、怒っている度合いが大きい兄なワケだが、これは相当まずいレベルだ。
どうしよう。
何を言おう。
なんで彼が怒っているのか、だいたいの予想はついてる。悲しいことに。
だからこそ、私は何を言ったらいいのか分からなかった。
「かおり」
「っは、い、なんでしょう」
「水族館行くんだって?」
しかも、赤葦と。
そう付け加える兄の目は、バレーで強敵と対峙したときよりも、よっぽど鋭く威圧的で。
それは紛れもなく。
獲物の息の根を止めようとする、猛禽類の冷眼だった。