第17章 美瑠ー鬼鮫ー
「強くあるには鍛練が必要でしょう?鍛練をするには弛まない意思が必要です。他を抜きん出る程の鍛練を積む、そうする意思が凄いと思います。心がけて努めるというその気の持ち方が」
美瑠はいかにも美瑠らしく、慎重に丁寧に言葉を選んで、ゆっくりと言った。
避けていた視線に吸い寄せられて、鬼鮫は美瑠を見詰めた。次の言葉を、静かで優しい声を待つ。
「だから、干柿さんは凄いと思いますよ?私は今度の任務であなたとご一緒出来て嬉しいです。前から一度、干柿さんと話してみたかったから・・・・」
鬼鮫は眉を上げて、怯んだように美瑠から心持ち身を退いた。心臓がギリギリと痛む。
「私とあなたに話す事などないでしょう。あまりに関わりが無さすぎる」
「だから話したいんじゃないですか。それに干柿さん、実は面白がりじゃないですか?」
ククッと喉を鳴らして、美瑠が目を細めた。
「上役の方が話してるのを聞きながら、時々何か言いたそうに笑ってるでしょう?ほんのちょっとだけ。上役の方はまだ気付いてないけど、そのうち怒られちゃいますよ?」
「はあ?」
鬼鮫は呆れ顔で美瑠を見下ろす。
美瑠は鬼鮫のその呆れ顔を嬉しげに見返した。
まるでずっとこんな風に見合いたかったと言わんばかりに。
何を見ているんですか、この人は。
凄い凄い言うならもう少しそれらしいところを見たらどうなんです。
ニヤニヤしながら上役を揶揄しているような、餓鬼くさいところに興味を持たれても・・・・・どう反応すればいいんです?こういう場合?
「干柿さんはいつも忙しそうで、きっと大事な任務を数こなされているんだろうなとも思っていました。きっと真面目で丁寧なお仕事をなされているんでしょうね」
「何でそんな事わかるんです?」
チリチリと、微かだが明らかに気を逆撫でる痛みが過る。
鬼鮫は悪意を含んだ皮肉な笑みを口の端に張りつけて美瑠から目を反らした。
小賢しい。私が何をしているかも知らずに浅はかな。・・・・馬鹿な女だ。
その馬鹿な女から離れがたく、鬼鮫は自ら立ち上がる事が出来ずにいた。
・・・もし・・・・
もし、この私が、誰かと何かを築くなら。
美瑠が立ち上がった。名残惜しげに腰を折って鬼鮫の目を覗き込み、柔かな笑みを浮かべる。
「残念。交替の時間です。またお話しましょうね?」