第17章 美瑠ー鬼鮫ー
ずっと忘れる事なく抱き続けている面影がある。
優しく芯の強そうな顔、側近く寄ると胸が華やぐような仄かで柔らかい清潔な香り、気遣わしげな眼差し、細やかな心遣いの都度耳をくすぐったあの声。
他ならぬこの手で終わらせた、あの好ましい女性の息吹き。
鬼鮫が美瑠と居た時間はそう長くない。
二人の時間が重なったのはほんの僅かな間、仲間殺しをも厭わない鬼鮫が任務の元に彼女と彼女の仲間を手にかけるまでの、数日間。
これが鬼鮫と美瑠の全てだ。
美瑠は美しい女だった。
容貌だけの話ではない。目配り気配りのきく細やかさ、隔てない明るさ、芯のしっかりした優しく筋の通った心ばせ、そうしたものが佇まいや振る舞いに良く顕れていた。
「干柿さんというのですね。始めまして。美瑠と申します」
もの柔らかな笑顔に真っ直ぐな目で挨拶した美瑠を見返した時、鬼鮫は洗い上げた真白い衣が風に舞う様を思った。
この女を見ると、清々する。
何故なのか?
この当時既に仲間殺しに幾度となく手を染め、我知らず胸にわだかまるものを抱えて鬱屈していた鬼鮫は、気付くと美瑠を目の隅で捕らえている軟弱な自分が腹立たしかった。
下らない。前々から顔くらいは知っていた相手だ。今更何を意識しているんだか。
見ていると、殺したくなって来る。だからと言って美瑠が憎いのではない。認めるのも業腹だが、鬼鮫は美瑠に惹かれている自分をはっきり自覚していた。
しかし、殺したい。あの白い首に手をかけ、息の根が静かに己の掌の中で消えるのを感じたい。
他の仲間と隔てなく笑い合う美瑠を見るにつけ、その衝動は強まった。
あの人を、私の、私だけのモノにしたい。
馬鹿な。
愚にもつかない妄念だ。
「干柿さんはお強いんですね」
任務の合間、不意に傍らに腰をおろし、顔を覗き込んできた美瑠に、鬼鮫は僅かに眉をひそめた。
「皆が言っています。大層腕がお立ちになるとか。私、知りませんでした」
美瑠の笑顔。白い衣が風に翻る。
「前々から大きな方だなとは思っていましたけれど、そんなに凄いなんて」
「・・・・凄い?何がです」
強いて不自然ないように美瑠の視線を避けながら、鬼鮫は素っ気なく問い返した。
何が凄いというのだ。仲間殺しの何が。