第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「そうでしたかね」
「さっきチョコチョコ可愛らしく言ってたのはこれの事ですね?それで何となく絡んでたんですか。勘弁して下さいよ」
牡蠣殻は溜め息を吐いて鬼鮫の手から包みを取り上げた。
「自分の事で手一杯で、人からチョコなんか貰ってる場合じゃないんですよ、私は」
扁桃型の目をヒタと鬼鮫の目に据えて、牡蠣殻は呆れたように続ける。
「大体私は貴方のものなんでしょう?人の生殺与奪の権利まで堂々と主張しておいて、何でこのちっちゃい箱に目くじら立てなきゃならないんですか。ちぐはぐな」
「目くじらなんか立ててませんよ」
「ああ、貴方は鯨じゃなくて鮫でしたね」
「・・・ほう?愉快な事言いますね。また何日か寝込みたいようだ」
「寝込むのは貴方の方かも知れませんよ?大丈夫なんですかね、風邪・・・」
牡蠣殻は鬼鮫の顔から目を離して眉をひそめた。
「余計な心配をして浮輪さんが折角贈ってくれたものを忘れちゃいけませんよ。さんざん世話になった方でしょう。礼を欠いてはいけませんね」
牡蠣殻を膝から下ろして、鬼鮫は燗冷ましを湯呑みに注いだ。足を組んで椅子の背に心持ち身を預け、目で牡蠣殻を促す。
「何ですか。ここで開けろってか?」
「駄目な理由でも?」
「・・・まあいいですよ。波平様の事だから、こうなるのもわかった上でこんな真似をなさってるんでしょうし・・・」
いかにも磯らしい渋好みの包みをとり、木偶の坊の羽色に似た榛の木箱をカパと開ける。
「・・・・ほう?」
牡蠣殻が箱の中から掌に取り出したのは、長く細い松葉がクルリと結びつけられた小さな瑪瑙だった。松葉の緑に彩られた瑪瑙は混濁した白に橙の縞が入ったもので、室内に差し込む鈍い雪明かりを丸く弾き返してトロンとしている。
「・・・・・・・・・」
気まずそうに、牡蠣殻が鬼鮫の顔色をチラと伺った。
鬼鮫は牡蠣殻の視線に気付かぬ様に不透明な石英を眺めている。
「瑪瑙に松葉ですねえ」
「そうですね。瑪瑙と松葉ですね」
鬼鮫に気取られぬように息を吐き、牡蠣殻は松葉で結ばれた瑪瑙を手早く箱に戻した。
安堵した様子で鬼鮫に倣って湯呑みに燗冷ましを注いで口を付ける。
そんな牡蠣殻を見ながら、鬼鮫も湯呑みの燗冷ましをスウと飲み干した。
「小石く松というやつですかね、それは」
油断していた牡蠣殻が、鬼鮫の言葉にダァと酒を吐き出しかける。